『マイ・ゴーストリー・フレンド』- 王道の団地ホラーだと思って読んでたら、ギリシャ神話が歩いてきてSF大作になった【読書日記】

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ホラーを読むつもりだった。

団地ホラー。Jホラー。消えゆく住人と、呪われた部屋。

そんな定番の安心感に身を委ねるつもりで手に取った『マイ・ゴーストリー・フレンド』は、予想以上にずっと遠くまで、私を連れていってしまった。

カリベユウキのデビュー作は、読み始めたときのジャンルと、読み終えたときのジャンルがまるで違う。

読み始めて数ページ、舞台はなんてことない東京の団地。でも、その「なんてことなさ」が逆に怖さを引き立てている。

主人公は売れない役者・町田佐枝子。彼女がレポーターとして関わることになったのは、いわくつきの団地「埴江田団地」だ。

「最近、住人がちょっとずつ消えてるらしい」って話だけでも十分不穏だけど、そこで以前起きた殺人事件——老婆の死、という重すぎる背景がさらに恐怖を煽る。

現場の浴室には蛇の鱗みたいなものがびっしり。部屋中には巨大な何かが這いずった跡。極めつけは、壁に書かれた「666」って文字。もうこの時点で、ただのホラーじゃ終わらないなって感じがビンビン伝わってくる。

この違和感の積み重ねがたまらない。何かがおかしい。でも、それが何なのかはっきりとはわからない。そうやってメンタルをじわじわ締めつけてくる。

目次

ジワジワくる違和感と、「知ってる恐怖」の裏切り

この小説、派手な心霊現象やドーンと出てくる幽霊なんかじゃ勝負してない。読み手をじわじわ追い詰める「違和感」が何より怖い。

たとえば、取材チームがやたら貧弱(佐枝子と学生バイトの二人だけ)っていう現実味のなさ。団地の周りにいる変な人物たち。外国人のオカルトマニア、屋上で儀式する女子高生、双眼鏡で監視してくるファミレスの店員……なんなんだ、このラインナップ。

Jホラーっぽい構造だけど、その「お約束」っぽさをわかってて逆手に取ってくる感じがすごい。『リング』とか『呪怨』の匂いがする設定なのに、読み進めると「これ、違うな」と思い始める。だって、恐怖の正体がちっとも見えてこないんだもん。むしろ、見えないまま、頭の中だけでどんどん想像が膨らんでいく。

謎のメッセージ、意味不明な図形、妙な人たちの奇行。全部が「これ、何かある」って空気を出しながら、明かされないまま物語が進む。この焦らしプレイ、クセになる。

それにしても、「知ってる感じ」が崩れていくときのゾワッとする感覚は格別。安心して怖がれるJホラーの文法が、気づいたときにはまったく別のルールに置き換わってる。これ、ジャンルを乗り換えてるってだけじゃなくて、読者の“読み方”すら変えてくる。

団地のホラーから、世界を巻き込む神話へ

「都市伝説的なホラーが好きな人には刺さる」と思っていた物語は、気がつけばとんでもない展開になっている。なんと、ギリシャ神話の神々が現代の東京に“侵食”してきているという、ジャンルとしてはもう完全にSFの領域に突入するのだ。

えっ、ギリシャ神話? 団地で? と目を丸くしたが、気がつけば物語は完全に「世界の崩壊」モード。読んでいて笑ってしまうほどスケールが跳ね上がる。幽霊小説がそのまま神話SFへと変貌するその構成は、圧倒的な読書体験だった。

しかもこのSF、ハードな科学じゃなくて、宇宙的オカルトって感じ。形而上学とか儀式とか、いわゆる「世界のシステム」をひっくり返す話になっていく。団地に閉じ込められてたはずの恐怖が、街全体、いや世界に広がっていく。

ジャンルミックスが巧みすぎる。最初は都市伝説、次に伝奇ロマン、そんでSFへ。しかもジャンルが変わるたびに、物語の地面が崩れていく。読者も一緒に足元グラグラになっていく。

これはもう「ジャンル侵食小説」とでも呼びたい。ジャンルが混ざってるだけじゃない、混ざりながらそれぞれの要素を深掘りしてる。ジャンルごと呑み込む感じ。

しかも、物語の進行とともに「論理」そのものが変わっていく感覚がある。序盤は常識的な因果律で動いていた世界が、気づけば神話的な運命論に支配されてる。そういう構造的な眩暈(めまい)まで含めて、読書体験そのものが奇妙でクセになる。

恐怖の中に光る連帯と、「ゴーストリー・フレンド」の正体

後半、とんでもない展開が待ってる中で、不思議と心に残るのは人と人との繋がりだったりする。特に、女性キャラ同士の連帯。「シスターフッド」と言ってしまえば簡単だけど、それがただの“友情”じゃないのがこの作品の面白いところ。

極限状況で芽生える絆。それは、恐怖に対する唯一の希望にも見える。宇宙的恐怖に立ち向かえるのって、もしかしたらこういう「人間っぽさ」なのかもしれない。

で、タイトルの『マイ・ゴーストリー・フレンド』。これ、誰のことを指してるのかって考えるのも面白い。幽霊? 佐枝子の仲間たち? 団地に潜む神話的な存在? それとも、現実の裂け目から覗く、もうひとつの“私”?

読んでる間中ずっと、不気味で、奇妙で、でもちょっと切なくて、読後は「すげぇもん読んだな」って余韻が長く残る。新人作家さんがいきなりこんなものを書いてしまうなんて、日本フィクションの未来、けっこう明るいかもしれない。

あえて完璧に整理されてない混沌。はっきり説明されないからこそ怖い神話。読み手によって印象が大きく変わる余白。この小説が刺さるかどうかは人それぞれだろうけど、少なくとも、自分はこういう“異物”にこそワクワクしてしまう。

『マイ・ゴーストリー・フレンド』は、ジャンルという枠をぶち壊す挑戦作だ。SFでもあり、ホラーでもあり、神話でもある。それでいて、芯にはちゃんと「人」がいる。

というわけで、恐怖が好きな人にも、SFが好きな人にも、ジャンル関係なく「変な小説」を探してる人にも、迷わずおすすめしたい一冊だった。

埴江田団地の扉を開けた瞬間から、あなたの日常もちょっとだけ歪むかもしれない。

売れない役者の佐枝子は、ホラー映画脚本家の紹介で、都内の団地で頻発する怪奇現象を調査するドキュメンタリー映像のレポーターを務めることになった。さっそく当該の団地で寝泊まりした朝、窓から外を望むと、隣接する公園で四つん這いの大男を棒で打つ女と、双眼鏡でこちらを窺う怪しいファミレスのウェイトレスを目撃する。不気味に思いながらも周囲の人々に話を聞くと、団地のあちこちで大蛇が這いずったような跡が見つかり、管理人や住民の奇行が目立ち、行方不明者も出ているらしい。さらに、10年前に老婆が何者かに殺されて以来、呪われていると噂の部屋に赴くと、『666』から始まる走り書きと浴室にびっしりと生えた黒い大きなウロコが……第12回ハヤカワSFコンテスト優秀賞に輝いた、ギリシャ神話の世界が現実を侵食する団地ホラーSF大作。

Amazonより引用

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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