獣たちの都市に潜む殺意- 『動物城2333』が描くディストピアの犯罪

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現代中国文学シーンから登場した注目すべき一作、荷午(カゴ)、王小和(オウショウワ)による長編小説『動物城2333』。

本作は、1992年生まれの脚本家・ゲームクリエイターである荷午氏にとって初の長編であり、ミステリ愛好家で脚本翻訳なども手掛ける王小和氏との共著という形をとっています。さらに、日本ミステリ界の巨匠、島田荘司氏が翻訳を手掛けている点も、大きな話題となっています。

知性を持つ動物たちが人間と対峙する未来世界を舞台に、単なる動物ファンタジーに留まらない、深遠なテーマと本格的なミステリが融合した本作は、読者に新鮮な驚きと深い思索をもたらしてくれくれるでしょう。

目次

舞台は西暦2333年:人間と動物が対峙する世界

著:荷午, 著:王小和, 翻訳:島田荘司

物語の舞台は、今から300年以上未来の西暦2333年です。この世界では、動物たちが人間と同等の知性を獲得し、長く続いた支配からの独立を試みます。しかし、かつての支配者である人間はそれを認めず、両者の間には激しい戦争が勃発しました。

長く続いた戦闘の後、現在は人間と、独立を果たした動物たちが築いた「動物王国」との間で、一触即発の緊張をはらんだ「冷戦状態」が続いています。この「冷戦」という設定は、単なるファンタジーを超え、現実世界の歴史や国際関係を想起させます。それは、表面的な平和の下に潜む深い不信感、イデオロギーの対立、そしていつ再び暴力が噴出するかわからない不安定さを物語に与え、社会的なテーマを探求する土壌となっています。  

物語の中心となるのは、動物王国の首都「動物城」。ここでは、様々な種類の動物たちが独自の社会を形成し、生活を営んでいる様子が描かれています。  

ここで注目したいのが、タイトルに含まれる「2333」という数字です。この数字は、現代中国のインターネット文化において、特定の笑いを表す絵文字コードに由来し、広く「笑い」を意味するスラングとして認識されています。人間と動物が対立し、全面戦争の危機さえ孕む緊迫した冷戦状態というシリアスな物語設定に、この「笑い」を意味する数字を冠したことは、単なる偶然ではないでしょう。

著者たちが、この状況に潜む不条理さや皮肉、あるいは危機に対する社会の鈍感さを、ブラックユーモアや風刺を込めて描こうとしている可能性を示唆しています。この対比は、物語が単純な勧善懲悪ではない、複雑で多層的なトーンを持つことを予感させます。  

さらに、この冷戦下の平和は極めて脆いものであることが示されています。人間も動物も、休戦期間中に「超兵器」の開発を進めており、もし再び戦端が開かれれば、世界そのものが消滅しかねないという切迫した状況にあるのです。この背景が、物語の発端となる大使殺害事件の解決に、極めて重い意味を持たせることになります。  

物語の幕開け:大使殺害事件と探偵ブレーメン

物語は、この緊迫した冷戦状況下で起こった一つの事件から幕を開けます。人間と動物の和平交渉のため、動物城を訪れていた人類側の親善大使が、滞在先のホテルで何者かによって殺害されてしまうのです。

この大使の死は、単なる殺人事件では済みません。それは、人間と動物の間に横たわる深い溝を再び決壊させ、破滅的な全面戦争へと逆戻りさせる引き金となりかねない、極めて重大な事態です。事件の早急な真相解明と、事態を悪化させない「正しい手はず」での公表が、双方にとって急務となります。  

この危機的状況において、白羽の矢が立てられたのが、動物城で一番の探偵と評されるロバのブレーメンでした。彼に事件の調査を依頼したのは、動物王国内の和平派であり、ワニのネロ将軍です。  

ブレーメンは、カエルである助手のアグアと共に、この不可解かつ危険極まりない大使殺害事件の調査に乗り出します。古典的な探偵と助手の組み合わせは、一見ファンタジックな設定に、ミステリとしての安定した骨格を与えています。しかし、探偵がロバで助手がカエルという異種族コンビである点は、単なる形式に留まりません。

彼らの種族の違いが捜査にどう影響するのか、例えば身体能力の違いや視点の違いがどう活かされるのか、あるいは動物王国内での種族間の協力や対立といったテーマを彼らの関係性を通して描くのか。このユニークなコンビの活躍が、物語の大きな推進力となるのです。

魅力的な登場キャラクターたち

『動物城2333』の世界を彩るのは、個性豊かな動物キャラクターたちです。ネタバレを避けつつ、主要な登場人物をご紹介します。

・ブレーメン(ロバ): 本作の主人公であり、動物城で一番の探偵と称されるロバです。大使殺害という難事件の解決を託され、物語の中心で活躍します。国家の命運を左右する事件を任されるだけの知性と能力の持ち主です。

アグア(カエル): ブレーメンの忠実な助手として、共に捜査を進めるカエルです。探偵であるブレーメンをどのようにサポートし、事件解決に貢献していくのか、その役割に注目が集まります。

ネロ将軍(ワニ): 動物王国の将軍であり、人間との和平を望む和平派のワニです。彼がブレーメンに事件解決を依頼したことから、動物王国内部にも人間との関係について様々な考えを持つ勢力が存在することがわかります。彼の政治的な立場や動機も、物語の展開に影響を与える重要な要素となっています。

これらの主要キャラクターに加え、本作には多様な動物たちが登場し、それぞれが明確な個性を持って描かれています。単に動物を擬人化するだけでなく、それぞれの動物が持つ生態的な特徴が、物語やミステリのプロットに巧みに組み込まれている点も、本作の大きな魅力の一つです。

例えば、「動物には指紋がない」という事実が捜査の切り口を変える要素として挙げられており、この世界のリアリティとミステリとしての独自性を高めています。このような細やかな設定は、作者たちが単なる思いつきではなく、動物たちが築く社会とその中での事件を深く考察して物語を構築していることを示しており、ファンタジーとしてもミステリとしても、読者を深く引き込む力を持っています。

著者:荷午と王小和、そして訳者・島田荘司

本作を生み出したのは、中国の新世代作家である荷午(カゴ)氏と王小和(オウショウワ)氏の二人です。

荷午氏は1992年生まれ。「グローバルを愛するパンク女子」と紹介されており、脚本家やゲームクリエイターとしても活動しています。本作が初の長編小説とのことで、そのフレッシュな感性と、他分野での経験がどのように物語に反映されているのか、期待が高まります。  

一方、王小和氏は1980年代生まれ。ミステリ小説、特に古典ミステリと日本の新本格ミステリへの深い愛着を持つ愛好家であり、自身も脚本の翻訳や創作を手掛けています。  

この二人の共著というスタイルは非常に興味深いものです。現代的なメディア感覚を持つ可能性のある「パンク女子」の脚本家・ゲームクリエイター(荷午氏)と、伝統的なミステリ構造に精通する愛好家(王小和氏)という、異なる背景を持つ二人の才能が組み合わさることで、本作のジャンル横断的な性質、すなわち未来的な世界設定、社会的なテーマ、そしてミステリとしての骨格、というユニークな融合が生まれたと考えられます。

荷午氏の現代的な視点やストーリーテリングと、王小和氏のミステリへの深い理解が、互いに影響し合い、作品に独自の化学反応をもたらしているのではないでしょうか。

そして、本作を日本の読者に届ける上で欠かせないのが、訳者である島田荘司氏の存在です。『占星術殺人事件』 をはじめとする数々の傑作を生み出し、国内外で新たな才能の発掘・育成にも尽力する日本ミステリ界の巨匠が翻訳を手掛けることは、特にミステリファンにとって大きな意味を持ちます。島田氏の名前は、壮大で論理的な謎解きを期待させるでしょう。島田氏による翻訳出版は、日本のミステリファンやSFファンにとっても、新たな才能と出会う貴重な機会となるはずです。

物語のテーマ性:社会風刺と希望の探求

『動物城2333』は、そのユニークな設定を通して、現代社会にも通じる普遍的なテーマを探求しています。

物語の根幹にあるのは、知性を持った動物と人間の対立です。これは、現実社会における人種、民族、文化、あるいはその他の属性に基づく差別や偏見、異質な他者との共存の難しさといった問題を映し出す鏡として機能していると考えられます。動物たちの社会内部においても、異なる種族間の関係性や、それに伴う葛藤や問題が存在する可能性も示唆されており 、テーマに更なる深みを与えています。  

過去に起こった戦争の記憶、現在の不安定な冷戦状態、そして大使殺害事件によって引き起こされかねない新たな破滅的な戦争の危機という設定は、読者に対して、戦争の悲劇性、平和の価値、そして対話と相互理解の重要性について、強いメッセージを投げかけていると言えるでしょう。

物語全体のトーンとしては、動物たちが活躍することから感じられる「童話のような雰囲気」や「優しい語り口」、「やわらかい読後感」といった要素と、差別や戦争といった「社会問題に切り込んだ内容」や、凄惨な事件というシリアスな側面が共存しています。

この独特な組み合わせは、寓話的な手法を用いて、複雑で時に暗い現実世界のテーマを、より深く、あるいはより鋭く描き出すための意図的な選択であると考えられます。親しみやすい動物たちの物語という形式を借りることで、重いテーマを扱いながらも読者を惹きつけ、エンターテイメント性とメッセージ性を両立させているのでしょう。

日本のミステリファンやSFファンにとっても嬉しい作品

『動物城2333』は、多くの点で注目に値する作品です。

知性を持つ動物と人間が冷戦下で対峙するという独創的で示唆に富んだ世界設定。その中で描かれる、差別、偏見、戦争、平和といった、現代社会にも深く響く普遍的なテーマ。動物城一番の探偵であるロバのブレーメンと、その助手であるカエルのアグアが、国家間の危機をはらんだ大使殺害の謎に挑む、一筋縄ではいかないミステリ。

そして、種族を超えて織りなされる個性豊かな動物キャラクターたちのドラマ。これらが融合し、他に類を見ない読書体験を提供してくれます。

ユニークな設定のSFやファンタジーを求める読者、社会的なテーマに関心を持つ読者、従来のミステリの枠組みにとらわれない新しい作品を探している読者、そして現代中国文学の息吹に触れたい読者にとって、本作は強くおすすめできる一冊です。

エンターテイメントとしての面白さと、読後に深く考えさせられるテーマ性を兼ね備えた『動物城2333』。この奇妙で、しかしどこか切実さを感じさせる動物たちの世界の扉を、ぜひ開いてみてはいかがでしょうか。きっと、忘れられない物語との出会いが待っているはずです。

著:荷午, 著:王小和, 翻訳:島田荘司
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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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