潮谷験『伯爵と三つの棺』- 犯人は三つ子の中の誰?伯爵が迷推理を繰り広げる歴史ミステリー

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時は18世紀後半、フランスで革命が勃発し、ヨーロッパは情勢が不安定。

そんな中、継水半島のとある小国で、元吟遊詩人のアダロが殺された。

アダロはフランスから帰国し、貴族の娘との間に生まれた三つ子の兄弟に会いに来たところだった。

三兄弟が伯爵から改修を任されている「四つ首城」に迎え入れられたアダロは、まさに伯爵たちの目の前で何者かに射殺されたのだ。

現場で犯人の顔を目撃したのは、五人。

しかし五人とも、犯人を特定することはできなかった。

なぜなら彼らが目撃したのは三兄弟の一人であり、顔が似ていて見分けがつかないから。

一体三兄弟のうち、誰がアダロを殺したのか。

伯爵は臣下から学んだ探偵術で犯人探しを始めるが、指紋照合やDNA鑑定のないこの時代、犯人を特定することはできるのだろうか?

目次

18世紀ならではの推理の妙味

『伯爵と三つの棺』は、1700年代ヨーロッパの架空の小国を舞台とした歴史ミステリーです。

語り手は「私」ことクロで、伯爵のもとで政務書記を務める人物。

クロが、伯爵の犯人探しの様子を書き記したものが本書、という設定です。

起こる事件はシンプルで、元吟遊詩人の殺害のみ。

でも問題があって、目撃された犯人が三つ子のうち誰なのか、見分けが全くつかないのです。

現代であれば、現場や凶器に残る指紋を照合すれば犯人を特定できるのですが、なんせ舞台は18世紀。

テクノロジーを使った科学捜査は不可能なので、犯人特定にはどうしても工夫や試行錯誤が必要になります。

このローテク時代ならではの奮闘が、本書の見どころのひとつ。

技術が当たり前に存在する今だからこそ、逆に真新しく見えるのですよね。

そんなわけで伯爵は、あの手この手を使って事件について調べていきます。

この伯爵、探偵術をちょっとばかりかじっただけのアマチュアなので、知恵とローテクを駆使して頑張って捜査や推理をするものの、残念ながら空振りが多いです。

読者としても、「ちょっとその推理はさすがに無理があるのでは?」とツッコミを入れたくなる時もあるのですが、かと思えば時折すごく鋭い部分もあったりするので、なかなか侮れません。

このわちゃわちゃとドロ臭い捜査をしていく感じ楽しくて、まるで自分も伯爵のもとで一緒に作業や推理をしているような気分を味わえます。

魅力あふれるキャラクター

『伯爵と三つの棺』は、登場人物たちのキャラクター性も魅力です。

主要人物がみんな個性的で、好感が持てるのですよ〜。

まず何といっても伯爵がお茶目!

ずぶの素人なのに目を輝かせて事件に首を突っ込み、ドヤ顔で推理を展開したあげく、大ハズレを指摘されて凹むという、可愛らしさ抜群のキャラクターです。

後半に、伯爵に探偵術を伝授した主席公偵(正式な探偵)が登場するのですが、この人がまた伯爵の迷推理にことごとくダメ出しをするものだから、そのたびに伯爵が可愛くて。

盛大にショックを受けたり、無駄なあがきをしまくったりと、力いっぱいのリアクションが楽しくて、読みながらニマニマせずにいられません。

また語り手であるクロも良いキャラクター。

推理したり凹んだりと大忙しの伯爵を陰から支えつつ、活動をつぶさに記録します。

貴族社会における伯爵の優美な振る舞いもですが、ハズした推理や恥ずかしい珍プレイまでとことん丁寧に克明に記録しようとするので、その時の伯爵とのやり取りが楽しいです。

さすが書記官、文才があるというか言葉が達者なので、二人の会話はまるで掛け合い漫才。

臣下でありながら伯爵を手玉に取ってあしらうクロは、シニカルな態度の裏に伯爵への友情も確かにあって、読者をホッコリさせてくれます。

他にも、熱血っぷりや連携がすごい三兄弟や、頭はキレキレだけど病弱でヨロヨロしている主席公偵などなど、どのキャラクターも本当にイキイキしていて魅力的です。

このドタバタした雰囲気をずーっと味わっていたくなるのですが、そうも問屋が卸さず、物語が進むにつれて事態は二転三転していきます。

これがまたものすごい転じっぷりで、全くの予想外からの変化球に、読者は伯爵たちと一緒にアワアワさせられるんです。

終盤になってようやく綺麗に片付いたと思ったら、そこでもまた爆弾炸裂!

最後の最後まで、油断のならない展開を楽しめること請け合いです。

作者の愛が詰まった大傑作

『伯爵と三つの棺』の作者・潮谷 験さんは、新世代ミステリーや変格ミステリーで知られる新進気鋭の作家さんです。

2021年に『スイッチ 悪意の実験』でデビューしてから、斬新な設定やロジック満載の作品を発表し続けた潮谷さんですが、実は意外なことに、高校時代は司馬遼太郎のような歴史小説を書きたいと思ってらしたとか。

そして本書『伯爵と三つの棺』は、歴史ミステリー。

まさに潮谷さんお得意のロジカルな物語と悲願である歴史小説とをミックスさせた作品と言えます。

そのためか『伯爵と三つの棺』は、ストーリー良し、キャラクター良し、テンポ良しと、三拍子そろっており、完成度が非常に高いです。

ミステリー部分は、三つ子設定や多重推理的な要素もあって読み応えがありますし、歴史部分も、当時の服装や食生活、価値観などの描写が多く、18世紀のヨーロッパならではのムードをたっぷりと味わえて興味深いです。

様々な面で読者を惹きつけるキラキラとしたパワーがあるのですよね。

個人的には、潮谷さんの代表作になりうる大傑作だと思います!

歴史ミステリーではありますが、舞台は架空の小国ですし、登場人物も多くはないので、歴史が苦手な方でもサクサクッと読めます。

ちなみに余談ですが、本書の最後にあるスタッフクレジット。

参考写真として貴族や平民の衣服が掲載されているのですが、あれは実は、なんと潮谷さんの手作りだそうです!

とてもとても素敵で、潮谷さんがこの作品や歴史にいかに愛情を注いでいるかが、そこからもヒシヒシと伝わってきます。

この写真だけでも一見の価値アリですので、書店で見かけましたら、ぜひお手に取ってみてくださいね。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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