第170回直木賞を受賞した『八月の御所グラウンド』に続くシリーズ第二弾は、空前絶後の日本史ミステリー!
高校で歴史を教えている女性教師の滝川は、研究発表会のために京都を訪れ、姉妹校の教師・藤吉郎と市内観光をする。
しかしその晩、居酒屋「うつけ者」で意識を失うほど酔っぱらってしまう。
夢うつつの中、ふと刀で戦う音と銃声を聞いた気がして、目を覚ました滝川。
なぜだか浴衣を着ており、表札に「天下」と書かれた見覚えのない部屋にいた。
扉の前には、血の滲んだ白いガウンを着た男の遺体が―。
どうやらその男の名は、「織田」というらしい。
京都…うつけ者…天下…織田…死…。
これはもしや、歴史上で有名な「本能寺の変」ではないだろうか?
だとしたらなぜ自分がまきこまれたのか?
表題作を含む二つのミステリーが、読者を摩訶不思議なマキメ・ワールドにいざなう!
非日常を楽しめるマキメ・ワールド
『六月のぶりぶりぎっちょう』は、直木賞受賞作家の万城目学さんによる全二話の中短編集です。
第一話と第二話のどちらも、京都を舞台とした歴史ミステリーで、万城目さんらしい「日常に訪れた非日常」感がたっぷり!
基本的には現実世界の物語なのですが、みるみる予想外の方向へと突き進んでいく様子は奇想天外で、どこかファンタスチックな趣もあり、読み手に異世界体験のようなワクワク感を与えてくれますよ。
『三月の局騒ぎ』のあらすじと見どころ
第一話『三月の局騒ぎ』は、女子大生の若菜を主人公とした短編です。
若菜は女子寮で暮らしているのですが、そこの寮は一風変わっていて、寮生は「にょご」と呼ばれます。
平安時代の天皇の妃の呼称である「女御(にょうご)」から来た呼び名で、他にもバラの咲く中庭を「薔薇壺」と呼んだり、すだれを「御簾(みす)」と呼んだりと、どこか平安チックな女子寮です。
その中でも特に変わっているのが、「キヨ」という先輩にまつわる噂。
キヨはいわゆる「お局様」で、なんと14回生と言われてます。
回生とは学年を表す言葉で、言い換えると14年生ですから、噂が本当ならキヨは14年間も大学に通っているということですね。
寮にも10年くらい住んでいるらしく、なぜそんなにも長く居続けているのか、なんだかいわくありげな人物です。
若菜はその得体の知れないキヨと、突然相部屋になってしまいます。
最初はビックリドッキリ、オロオロする若菜でしたが、ひょんなことからキヨのブログを見つけ、面白さに魅了されます。
そして交流を深めつつ正体を探る、というのが『三月の局騒ぎ』の主な流れ。
不思議な魅力のあるキヨに若菜は興味津々で、ついあれこれと詮索するのですが、読んでいると読者まで一緒に詮索したくなってきます。
だって寮は「平安」調だし、ブログといえば一種の「随筆」ですし、キヨは漢字表記で「清」を思わせますから。
平安+随筆+清と来れば、出てくるワードはひとつ!
「もしかしてキヨの正体は、教科書でも有名なあの人かも?」と考えずにいられなくなる、ミステリアスでちょっぴりハートフルな物語です。
『六月のぶりぶりぎっちょう』のあらすじと見どころ
第二話『六月のぶりぶりぎっちょう』は、女性教師の滝川を主人公とした中編ミステリーです。
第一話が平安なら、こちらは戦国。
それも、戦国時代の中でも特に有名で、現在でも歴史家たちが研究を続けている謎多き「本能寺の変」がモチーフとなっています。
あの万城目学さんが本能寺の変を扱うというだけで、胸アツですね!
もちろん非日常的な展開であり、目を覚ましたら見知らぬ場所にいたり、目の前で織田信長を思させる男が死んでいたりと、期待を裏切らないブッ飛び感です。
しかも織田だけでなく他の登場人物たちも、羽柴や明智など、信長の配下の名前が勢ぞろい。
けれど決して滝川がタイムスリップしているわけではなく、舞台はあくまで現代。
場所はホテルですし、部下たちの衣類や言葉遣いも、普通に現代なのです。
それでいて、人物の名前や出来事は、本能寺の変そのもの。
一体ここは、どういう世界なのでしょうか。
もしも本当に本能寺の変だとしたら、織田を殺した犯人は明智光秀のはずですが、果たして真相は?
よく知られている歴史的事実だからこそ、そこにシレッと存在している不条理が面白い!
オチを知りたくて、目を離せなくなりますよ。
「静」と「動」の二つのテイストを味わえる
第一話も第二話も、万城目さんらしさが満載でした!
日常の中で不意に非現実的な出来事が起こって、そこから波乱万丈のドラマが始まるという、見事なマキメ・ワールドっぷり。
それでいて各話の毛色は、全く異なっています。
第一話は女子寮内の出来事ということで、比較的静かな物語。
それに対して第二話は、本能寺の変を現代で再現した動的な物語。
つまり本書は、マキメ・ワールドを「静」と「動」という対照的な二つのテイストで味わえる作品ということです。
お得感があり、ファンが楽しめるのはもちろんですし、万城目さんの作品に初めて触れる方にとっても、魅力や特徴を知ることができる絶好の一冊だと思います。
どちらも京都が舞台ですし、平安時代や戦国時代が絡んでいるので、それらに思い入れのある方には、特におすすめですよ。
さて今作では、『三月の局騒ぎ』と『六月のぶりぶりぎっちょう』という各タイトルからわかるように、三月と六月の物語が描かれています。
前作では、『十二月の都大路上下(カケ)ル』と『八月の御所グラウンド』ですから、十二月と八月ですね。
今の時点で三月、六月、十二月、八月の四ヶ月分が描かれたので、もしかしたら今後、残り八ヶ月分が描かれるかもしれませんね。
次はどのような非日常を見せてもらえるのか、次回作も期待大です!