京都府北部の布引浜で、記憶を失い怪我をした青年が保護された。
名前も覚えておらず、財布も持っておらず、なぜこの場所にいたのかもわからない。
唯一持っていたのは、美しい富士山の絵が描かれた扇。
調べると著名な日本画家による特注の扇で、これにより青年は、京都の名家である武光家の次男・颯一だと判明した。
颯一は約7年前に家出をして以来、行方不明になっていたという。
かくして颯一は、記憶が戻らないま武光家に引き取られる。
しかしその矢先、奇妙な殺人事件が発生。
武光家と古くから付き合いのある画商が、密室状態の離れで背中を刺されて死んでいたのだ。
しかも颯一が、再び扇を持って行方不明になってしまう。
ちょうど京都に取材に来ていた作家アリスは、火村と共に事件現場に向かうが―。
ついに日本が舞台に!
『日本扇の謎』は、作家アリス「国名シリーズ」の第11弾!
臨床犯罪学者の火村英生と、その相棒であり推理作家の有栖川有栖が、数々の事件を捜査して解決に導いていくシリーズです。
トリックやロジック満載の難事件を、火村とアリスが軽妙なやり取りをしながら解決していくところが人気のシリーズですが、今作でもその魅力はたっぷりですよ。
まず人物設定からしてミステリアスで、キーとなる人物・颯一が、美しい扇を手にした記憶喪失の青年というところがイイですね。
『日本扇の謎』というタイトルにピッタリですし、どこか儚げで物悲しい雰囲気も良き!
この颯一、京都の名家から家出したお坊ちゃまなのですが、なぜ家出したのか、どこで暮らしていたのか、なぜ地元に戻って来たのか、まるで覚えていません。
しかも実家に戻って早々に密室殺人が起こり、本人はまた姿を消してしまった上、その後さらなる悲劇が起こります。
また件の扇の絵には、何やら深い意味があるらしく…?
このように端々まで謎に満ちていて、厳かな風情もあるところが、今作の特徴ですね。
そしてそれらの謎を解き明かすのが、我らが火村&アリスの名コンビ!
火村は京都に下宿しているので、地元のネットワークをフル活用し、京都府警でおなじみの柳井警部&南波警部補の手を借りつつ、がっつりフィールドワークに勤しみます。
密室殺人の謎解きはもちろん、武光家の古い蔵にあった隠し扉を発見したり、扇の意味を紐解いたりと、推理や冒険を重ねていきます。
シリアスな事件ですが、この二人が絡むと漫才じみた会話がポンポン入ってくるので、時にしんみりしつつも、キレッキレのテンポで楽しく読ませてもらえますよ。
人間関係の歪みも温もりも味わえる
『日本扇の謎』には、ミステリーとしての魅力だけでなく、ヒューマンドラマとしての魅力もたっぷり!
颯一の実家である武光家には複雑な事情があり、そこに親子の愛情や確執が絡み合って、歪な人間関係を作り上げてしまっているのです。
エゴや孤独感、愛情の渇望などなど、様々な負の感情が交錯しています。
とにかくシリアスでビターな雰囲気。
けれどそれとは対照的に、ホットな人間関係も出てきます。
舞台が京都ということで、火村の下宿の親である篠宮の婆ちゃんが、久々に登場するのです。(もちろん猫も!)
この婆ちゃんが相変わらずのマッタリほがらかな感じで、はんなりとした京言葉は、字面を見ているだけで癒されます~。
今作では特にアリスも下宿に泊まるので、一緒に婆ちゃんの手作りご飯を食べたりと、いつも以上に団欒ムード。
優しさが身に沁みて、ホッとするようなヌクモリティを味わえますよ。
そしてこの雰囲気があるからこそ、颯一を取り巻く武光家の人間関係が、より悲愴に見えてきます。
終盤になると、いよいよ事件の発端となった歪みの真相が見えてくるのですが、これがもう、やるせないの何の。
ここまでもつれ、殺人まで引き起こしてしまったけれど、蓋を開けてみると、犯人以外は決して悪い人ではないのですよ。
それぞれが一生懸命にひたむきに生きてきて、けれどひとつひとつの選択が歯車を少しずつ悪い方へと狂わせていった感じ。
多少でも状況が違っていれば、あの下宿先でのような温かな空気を味わえたかもしれないと思うと、なんともやりきれません…。
さてこの狂った歯車は、どのような結果を招くのか。
火村とアリスによって、事態はどう変わるのか。
感傷たっぷりの結末を、ぜひ見届けてください!
30周年に相応しい大作
『日本扇の謎』は、30周年を迎えた「国名シリーズ」の節目と言うべき作品です。
シリーズ過去作と比べるとページ数が多めで、内容にも深みがあって、篠宮の婆ちゃんを始めとしたファン待望のキャラクター&猫ちゃんも登場するという、大ボリュームとなっています。
何よりタイトルについている国名が、日本というのが素敵ですね!
シリーズを長く追ってきたファンの方であれば、タイトルを見た瞬間テンションが上がりそうです。
また今作は、アリスの活躍も目立っていますよ。
まずプロローグで、作家として次回作のアイデアをひねり出そうとしているシーンが面白い。
ネタやトリックについて延々と考え込んでいるのですが、推理作家の脳内を見せてもらっているような感じで、興味深いです。
もしかしたら作者の有栖川有栖先生も、こんなふうに構想を練っているのかもしれませんね(笑)
そしてアリスは事件の方でも活躍します。
推理の肝の部分こそ探偵役の火村にお任せですが、作家であるアリスは心情理解に長けているので、そこで大いに貢献する感じですね。
今作のテーマは家族を中心とした人間関係なので、心情理解は超重要!
アリスが颯一やその周辺の人々の気持ちを丁寧に汲み取ったおかげで、事件が解決したと言っても過言ではないくらいです。
一方火村も、相変わらずのキレキレの推理を見せてくれますし、とにかく本書は、ファンを十二分に満足させてくれる一冊だと思います。
過去作を読んだことのない方でも楽しめる内容ですし、ぜひお手に取ってみてください!