高野結史『奇岩館の殺人』- 孤島の館で古典ミステリーに倣った連続殺人が

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「指定場所で数日過ごせば高額報酬」という怪しいバイトに手を出した友人が、失踪した。

友人を探すために同じバイトに応募した主人公は、孤島の洋館「奇岩館」に連れてこられてしまう。

しかも雇い主からの要求は、わけのわからないことばかり。

まず「佐藤」という偽名を使うこと。

そしてアルバイトであることは隠し、館の主の知人という設定で数日を過ごせというのだ。

やむなく「佐藤」は設定どおりに振舞うが、ほどなく館では、猟奇的な殺人事件が立て続けに起こる。

奇妙なことに、いずれも古典ミステリーを倣ったような内容だった。

不審に思った佐藤が調べると、恐ろしい真実が明らかに。

なんとこれはクライアントのために用意された推理ゲームであり、自分はその登場人物の一人として雇われていたのだ。

ゲームとはいえ非合法的であり、実際に人は殺される。

そして佐藤は、自分も殺される役だったと知り―。

目次

ミステリーを壊す者と作る者

『奇岩館の殺人』は、リアル推理ゲームにモブ役として参加する日雇い労働者の青年佐藤(仮)を描いたミステリーです。

このゲームは、ある富豪が「ミステリーの世界で探偵として活躍したい」という希望を叶えるために金にあかせて始めたもので、要は金持ちの道楽。

あらかじめシナリオや配役が決まっていて、探偵役は当然クライアントである富豪ですし、そのほか犯人役や被害者役なども全て用意されています。

主人公の佐藤は被害者役、つまり殺される役ですが、参加した当初はそのことを知りませんでした。

ある展開から事実が判明するのですが、知った時には大慌て。

なにしろ実際に目の前で人がバッタバッタと死んでいくので、ボヤボヤしていたら自分もシナリオの流れで死体になるのは自明の理。

なんとしてでも避けねばと、佐藤はゲームを破綻させるために探偵の正体を探ろうとします。

もちろん佐藤のこの行動は、ゲーム運営側にとっては邪魔でしかありません。

運営側は、富豪のクライアントから大金をもらっているので、ゲームを絶対に筋書き通りに進行しなければならないのです。

当然佐藤にも、予定通り死んでもらう必要があります。

つまり『奇岩館の殺人』は、作られたミステリーの世界を壊そうとする佐藤と、クライアントのためにシナリオを遂行しようとするゲーム運営者との、命と首とを賭けた勝負物語というわけですね。

言うなればミステリーの破壊VS創造!

今までにないテーマと斬新な展開に、読み手は序盤から一気に引き込まれます。

黒幕を応援したくなる?

『奇岩館の殺人』には、佐藤の視点とは別に、ゲーム運営側の小遠間の視点で描かれるパートもあります。

これらのパートが交互に入れ替わりながら、物語が進行していくのです。

殺されまいとして何とかゲームを壊そうとする佐藤視点も面白いですが、小遠間視点も楽しい!

小遠間はクライアントの要望に応じるために、売れない作家に秘密裏にシナリオを書かせたり、佐藤のような被害者役を高額バイトと偽って雇ったりと、裏方として多大な努力をしてきたので、ゲーム成功に対する思いはとても強いです。

それを佐藤があれやこれやと勝手に動いて、シナリオをどんどん狂わせていくものだから、もう真っ青。

他にも様々なイレギュラーな出来事が起こって、たとえば探偵役が死んでしまったり(!)、ヒロイン役まで死んでしまったり(!!)と、状況はマズくなる一方。

それでも意地でもゲームを成立させようとする小遠間の奮闘は、佐藤パートとは別の緊張感があり、読者をワクワクハラハラさせてくれます。

そのおかげもあって、読んでいくうちに読者はだんだんと小遠間を応援したくなってくるのですが、これがまた絶妙なのです。

本来であれば、リアルに人殺しをする運営側を応援すべきではないですよね。

でも運営側は、人殺し以前に「ミステリーの成立」を目標にしているので、読者がミステリー好きであればあるほど、ミステリーの完成度を高めようとする小遠間に同調してしまうのです。

むしろ佐藤のことを憎らしく思うくらいですよ。

「おい佐藤!せっかくミステリーが完成しそうなのに邪魔するな!」と(笑)

このパラドックス的な読み心地もまた、『奇岩館の殺人』の魅力です。

そしてこのパラドックスが、終盤でさらに読者の心を揺さぶります。

佐藤と小遠間がバトルの末に何を掴むのか、ラストシーンにぜひ注目してください!

新旧の魅力をミックスしたミステリー

『奇岩館の殺人』の作者・高野 結史さんは、第19回「このミステリーがすごい!」大賞の隠し玉としてデビューした作家さんです。

『奇岩館の殺人』も、このミス大賞シリーズとして刊行されたのですが、いやはや、本当にすごいミステリーです。

読者にとっては、ミステリー作品は完成された状態で読むことが当たり前なのですが、本作ではその概念を根本から覆してきます。

一種のヤラセとしてのミステリーを、作る側と崩す側とが水面下でせめぎ合うなんて、未だかつてなかった展開です。

この真新しさだけでも、『奇岩館の殺人』は読む価値のある作品と言えます。

個人的には、ミステリーを作る裏方の苦労が特に興味深かったです。

たとえばスケキヨのくだり。

スケキヨは、横溝正史『犬神家の一族』の登場人物で、水面から両足だけを突き出した姿は、あまりにも有名ですね。

小遠間を始めとした運営チームは、これをリアルに再現しようとするのですが、なかなか難しくて。

完成度を高めるために工夫を凝らす様子は半ばギャグのようであり、吹き出さずにはいられませんでした(笑)

他にも運営チームは、江戸川乱歩や高木彬光といった大御所推理作家の作品も倣うのですが、どれもこれも再現は簡単ではなく、苦労の連続。

いや~、ミステリー作りって大変なのですね!

この苦労、元ネタを知っている人ほどニマニマと楽しめますよ。

ということで『奇岩館の殺人』は、新しいタイプのミステリーを読みたい方にも、古典ミステリーがお好きな方にも、どちらにもおすすめできる作品です。

ぜひこの新旧合わさった魅力を味わってみてください!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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