貴志祐介『兎は薄氷に駆ける』- 冤罪で獄中死した父の無念を法廷で晴らす!

  • URLをコピーしました!

資産家の平沼精二郎が、一酸化炭素中毒で死亡した。

ガレージの車から不完全燃焼による一酸化炭素が発生し、平沼の寝室に立ち上っていったことが原因だった。

警察はこれを偶然の事故ではなく、それを装った殺人と考え、平沼の甥である日高英之を逮捕。

日高は整備士であり、日頃から平沼の車の整備も任されていたからだ。

日高は無実を主張するが、警察は日高を犯人と決めつけ、自白させようと陰湿な取り調べを続けた。

やがて心身ともに疲弊した日高は、半ば強制的に自白させられてしまう。

かつて冤罪で逮捕された、彼の父親と同じように―。

そう、日高の父親も、15年前に殺人容疑をかけられ、警察の威圧的で執拗な取り調べに屈し、自白へと追い込められたのだ。

これにより有罪判決を受けた父親は、無念を抱えたまま獄中で亡くなった。

親子二代にわたる、冤罪の悲劇。

こんな理不尽、まかり通っていいはずがない。

日高は自身の無実とともに、父の潔白も証明するため、法廷で争うことを決意する。

目次

取り調べという名の自白の強要

『兎は薄氷に駆ける』は、冤罪をテーマとした社会派ミステリーです。

物語は、22歳の整備士・日高が刑事に取り調べを受けているシーンから始まります。

日高は、資産家の叔父を殺害した容疑で逮捕されたのです。

この刑事の圧がすごくて、読者は冒頭から唖然とさせられます。

刑事は日高の主張を一切聞き入れませんし、それどころかムリヤリ犯罪者に仕立て上げようとします。

たとえば事件当日に日高がコンビニに立ち寄ったことを知ると、「女性店員目当てだな。よし、ストーカー規制法違反で緊急逮捕する」と、平沼殺しとは全く違う件をでっちあげてまで、日高を逮捕しようとするのです。

何が何でも日高を犯罪者にしたいみたいです。

他にも、日高の髪をつかんで頭を机に叩きつけたりと、暴力もふるいます。

こんな非道な事情聴取を受け続ければ、誰だって心が壊されていき、この状況から逃れたい一心で嘘の自白をしてしまいそうですよね。

それがこの刑事の狙いなのです。

そして日高の父親も、かつて同じような目に遭いました。

日高の父親は記憶障害を持っており、それを理由に殺人犯として逮捕されたのです。

その後は獄中で無念の死を遂げ、残された日高は社会に犯罪者の家族としてのレッテルを貼られ、辛い日々を過ごしてきました。

それでもなんとか成人し、整備士となって頑張って生活していたのに、今度は自分が逮捕されてしまったのです…。

あまりにも気の毒すぎて、刑事の横暴も相まって、読者としては悲しさと悔しさ、やるせなさで胸がいっぱいになります。

ところが後半に入ると、雰囲気がガラッと変わります。

窮鼠猫を噛む、という感じで、日高の復讐が始まるのです!

法廷での逆転劇からの、まさかの真相

後半では、日高は叔父殺しと15年前の殺人事件の真相を追究し、それを武器に法廷に立ちます。

そう、自分だけでなく父親の無実も証明し、二人分の冤罪を晴らそうというのです。

日高が毅然と正義を貫こうとする姿は、胸アツですよ。

そして満を持して迎える法廷シーンが、本書最大の見どころ!

最初こそ厳しい情勢なのですが、日高と弁護士が次から次へと確固たる証拠を提示し、みるみる形勢を逆転させていくのです。

見事な論法にグゥの根も出ない検察官の様子が、なんとも痛快で小気味良い!

はたして冤罪をゴリ押そうとする検察側と、一度は圧力に屈したものの、気力を振り絞って立ち上がった日高の、どちらに正義があるのか、判決はどう下されるのか。

ドキドキの展開に、読者は片時たりとも目を離せなくなります。

ところが…。

テンション爆上がりで読んでいる途中で、不穏な空気が漂ってきます。

あれ、あれれれれ?なんだか日高陣営の様子がおかしいぞ?

日高本人もですが、日高の味方である弁護士の本郷や恋人の千春も、行動がどこか胡散臭いのです。

この違和感は徐々に膨らみ、終盤になると、とんでもない真相が炸裂!

いやはや、まさかあんな展開が待っているとは!

思えば伏線はあちこちに張ってあったのですが、よもやこんな方向に物語が転がっていくとは思いもよりませんでした。

ここはもう、ぜひご自身の目で見て仰天していただきたい。

法廷での快進撃とはまた別の意味で目が離せず、ラストまで一気読み必至ですよ。

極上のエンタメ・リーガルミステリー

『兎は薄氷に駆ける』は、ホラー作家・貴志祐介さんの社会派・リーガルミステリーです。

そう、貴志さんはホラー作家なのです。

『黒い家』や『ISOLA』といったホラー作品の数々で、日本中を恐怖の大渦に落とし込んだ貴志さんが、リーガルミステリーを執筆したのです。

それだけでも本書は、読む価値ありまくりの一冊だと思います!

そしてさすが貴志さん、一般的にはやや難解なイメージのあるリーガルミステリーを、見事なまでにエンタメ風味に仕上げています。

前半では悲劇に次ぐ悲劇で読者の心を怒りと悲しみで盛り上げておき、後半の法廷シーンではその鬱憤を晴らすかのような怒涛の逆転劇!

これはもう、リーガルなフィールドを借りたバトル小説と言っても過言ではないくらい、血を滾らせて読める展開となっています。

それでいて、過去の事件の真相を探る調査&推理パートや、本郷や千春のキナ臭い動きなど、ミステリーとしてのワクワク感も十二分に盛り込んであり、読者の興味を引き続けます。

終盤で明かされる真相も、かなり衝撃的。

そのため、約500ページという分厚い本でありながら、きっと多くの読者がラストまでノンストップ&爆速で読んでしまえると思います。

貴志さんのファンはもちろん、リーガルミステリーが好きな方も、ぜひ読んでみてくださいね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

目次