歌野晶午『それは令和のことでした、』- 今の時代ならではの落とし穴を描いたブラックなミステリー短編集

  • URLをコピーしました!

太郎は、学校でいじめられてばかりだった。

人とは異なる価値観を持つ母親に、世間とは合わない生き方を強要されていたからだ。

ランドセルは重いからと使わせてもらえず、フリルのついたシャツを着せられ、スカートをはかせられ…。

この母親は、学校に対しても個性を尊重する教育を要求する始末。

いたたまれなくなった太郎は、秩序が保たれている私立中学校に進学したが、そこでもいじめられた。

親にも学校にも助けを求めることができず、太郎は自力でいじめに対抗するが、その結果、取り返しのつかない事態を招いてしまう。

一体なぜこんなことに…。

元凶は、母親の価値観か、多様性を認めない学校か、それともいじめっ子たちか。

答えは太郎にはわかっていた。

自分の名前こそが、諸悪の根源だということを―。

目次

歪みをはらんだ令和の日常

『それは令和のことでした、』は、ミステリー作家・歌野晶午さんの短編集です。

全8話が収録されており、いずれもタイトル通り現代社会が舞台で、令和らしい価値観や社会現象が描かれています。

たとえば個性の尊重だったり、引きこもりだったり、認知症だったり。

そんな令和の日常が、何かをきっかけにどんどん捻じ曲がり、とんでもない問題に発展していく様子がミステリー的に描かれています。

とにかくもう、捻れ具合がすごい!

我々の目の前に普通に広がっている「令和らしさ」が、一歩間違えるとこんな悲劇になりうるのかと、読んでいてハラハラドキドキが止まらなくなります。

それでいて、ブラックなオチがついたり、豪快などんでん返しに驚いたり、ホッコリしたりと読後感は各話で様々。
色とりどりの令和ミステリーを楽しめる一冊です。

各話のあらすじと見どころ

『彼の名は』

母親から「自分らしく生きること」を強要されてきた太郎の物語。

個性を育むのは良いことですが、それがあまりにも常識外れな個性だとしたら?

最後に判明する「元凶」が強烈!

『有情無情』

通学する子供たちを見守っていた、老齢の男性の物語。

見守りは子供の安全のためなのに、今の時代では、よその男性が子供を見ることは問題視されてしまうのですね。

その矛盾が引き起こした惨劇が描かれています。

『わたしが告発する!』

亡くなった両親の遺産について、引きこもりの姉と弟が言い争いになるのですが、それがきっかけで大変な事件が起こってしまいます。

さらにその後もう一件恐ろしい事件が発覚し、ゾッとされられます!

『君は認知障害で』

スマホゲーに夢中な大学生が、認知症のおばあさんと出会い、道を踏み外していきます。

モラルの欠けた若者と高齢者が増え続ける限り、こういう犯罪も増えるのかもしれません。

胸糞悪くなる場面が多いものの、ハートフルな部分も多い、読み応えのある物語です。

『死にゆく母にできること』

母に厳しく躾けられたため、自分も娘を厳しく躾けてしまう負の連鎖。

最後にタイトルの真の意味が分かり、背筋が寒くなります。

『無実が二人を分かつまで』

退職し、遺品整理で日銭を稼ぐ男の物語。

社会のレールから外れてしまった人々の悲哀が、ミステリー仕立てで描かれています。

謎解き要素があるため、こちらも読み応え十分な作品!

『彼女の煙が晴れるとき』

再婚相手の連れ子がウイルスの後遺症で引きこもりになり、お世話することに。

ストレスをついタバコで解消していたけれど…?

喫煙者には肩身の狭い時代だからこそ、オチのパンチが効いています。

『花火大会』

夏の花火、いつものメンバーと見たいけれど、今は療養中の身。

令和ならではの友情の在り方に、心温まる一作です。

愛すべき時代にしていくために

作者の歌野晶午さんは、予想をはるかに超えた驚きの展開に定評のある作家さんです。

巧妙に施された伏線や緻密なトリックも注目されています。

『それは令和のことでした、』は、そんな歌野さんならではの大傑作!

全8話のうち7話が、「まさかこんなオチがつくとは!」と、読者は目を白黒させて読むことになります。

たとえるなら、くつろいでいたソファが、いきなり脚が折れて倒れる感じ。

我々が当たり前に受け入れている令和の日常が、実はこんなにも矛盾を抱え、いつ崩れてもおかしくないくらい脆いのだと、7話を通して立て続けに訴えかけてくるのです。

個人的には、『有情無情』が特に衝撃的でした。

この悲劇、実際に起こりうる可能性は十分にあります。

『死にゆく母にできること』も、昭和時代の厳しい躾が否定されている令和の今、状況が似ていたり共感できたりする人は、大勢いそうな気がします。

そんなわけでこの短編集、「令和はヤバイぞ!」と我々に警鐘を鳴らしていると言えます。

その上で「このままでいいのか?」と問いかけ、より良い令和にしてゆくために必要なことを考えさせてくれるのです。

逆に最終話の『花火大会』は、8話の中で唯一、令和の温かな一面を描いており、読者をホッとさせてくれます。

警鐘を鳴らしつつも、令和を愛する心を持ってほしいという歌野さんからのメッセージかもしれません。

今の時代を生きる全ての人に読んでいただきたい一冊です。

とりわけ、キラキラネームや不審者案件、ジェンダー、ケアラーなどの問題に関心のある方にはおすすめです。

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

目次