北沢陶『をんごく』- なぜ妻は普通の霊になれず、この世をさまよっているのか

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大正十三年、大阪。

関東大震災で結婚一年余りの妻・倭子を失った壮一郎は、四天王寺の巫女を訪ねた。

倭子の死をどうしても受け入れることができず、霊魂を降ろしてもらうためだった。

ところが巫女の降霊は、うまくいかなかった。

「なんや、普通の霊と違てはる──」

降りてきたのは、倭子と声も気配も全く異なる歪な霊だったのだ。

その日から異形は壮一郎の周囲をさまようようになり、壮一郎も倭子への未練から異形に情を抱くようになる。

そんなある日、壮一郎は「エリマキ」という顔のない存在に出会う。

エリマキは、死を自覚せずにこの世に留まっている霊を喰らう人外だった。

エリマキは当然のごとく倭子にも目をつけるが、なぜか得体の知れない存在に阻まれ、喰らうことができない。

一体倭子の霊魂に何が起こっているのか、そもそもなぜ倭子は普通に成仏できなかったのか。

壮一郎はエリマキと共に謎を追うことにする。

目次

歪な霊になった妻の謎を追う

『をんごく』は、愛妻・倭子の亡霊が歪になった原因を探るホラー・ミステリーです。

ホラーですが、おどろおどろとした怖さよりも、生者と死者との間にある切なさや寂しさが主体となっており、しんみりと胸に沁み入ってくる物語です。

大正時代独特のレトロな情景が、物語に一層しっとりとした趣を添えています。

主人公は画家の壮一郎で、関東大震災による負傷で妻を亡くしました。

結婚してまだ約一年、貞淑で控えめな新妻が、ようやく柔らかな笑顔を見せたり、絵の感想を言ってくれたりするようになった矢先のこと。

穏やかで幸せな日々がこれからもずっと続くことを願っていたのに、残酷すぎる死に別れとなってしまったのです。

壮一郎の無念や未練は、いかばかりか……。

思い余った壮一郎は、巫女に降霊を依頼します。

しかし降りてきたのは、倭子とは似ても似つかない異形の霊。

しかもその日から壮一郎の周辺で、様々な怪奇現象が起こるようになります。

せっかく霊でもいいから一目会いたいと降霊してもらったのに、悲しすぎますよね。

さらに悲しいのが、その異形からまぎれもなく倭子の様子が感じられること。

倭子の白粉の香りが漂ってきたり、倭子のかんざしが鏡台に移動していたりするのです。

ということは、歪な異形の姿をしていても、やはりこれは倭子の霊?

だとすると、一体どうしてこんな姿になってしまったのか、そしてどうすれば倭子は解放されるのか。

こうして壮一郎は、だんだんと異形に執着するようになります。

このように序盤は、倭子を失った壮一郎の寂しい思いが、めいいっぱい切なく描かれています。

読者も胸を締め付けられるような思いで読み進めていくのですが、でもそんなしめやかな展開が、あるキャラクターの登場でガラリと変わります。

さまよう霊を喰らう、顔のない人外「エリマキ」です。

人間と人外のバディが新鮮

エリマキは、千年もの間、この世に留まる亡霊を喰らい続けてきた人外です。

もちろん倭子の霊も喰らおうとするのですが、異常な状態になっているため難しく、そのために壮一郎と一緒に原因を探ります。

壮一郎にとっても、倭子の霊が異形のままなのは忍びないので、協力体制に入るわけですね。

ここから物語は、数々の怪奇現象から謎を追っていくというミステリーパートに突入!

人間と人外によるバディはことのほか新鮮で面白く、ワクワク要素満載なわけですよ。

特にエリマキのキャラクターが良くて、人外だけれど妙に人間臭くて、皮肉屋だけど優しくて、常識はずれなことも色々とやらかすけれどシメるべき時にはシメる、実に魅力的で頼もしい相方なのです。

最初こそ、倭子を愛する壮一郎と倭子を喰らいたいエリマキとで、目的が違いすぎていて険悪なのですが、でもだからこそ、だんだんと打ち解け、絆が深まっていく様子は尊いの一言!

さらに、二人が徐々に炙り出していく真相もとても興味深いです。

人間の欲望が渦巻いており、古くからの因習や呪詛も絡んでおり、とにかくドロッドロ。

葬儀の形式も独特だったりするので、なんとも不気味な雰囲気が漂いまくりです。

でもそんな状況だからこそ、壮一郎とエリマキはよりしっかりと手を取り合うようになります。

終盤に二人で戦いに挑む場面は、カッコ良さと感動とで、胸も目頭も熱くなりますよ!

そしてラストのシーンも、見どころです。

それまで壮一郎には全く見えなかったエリマキの顔が、ついに見えるようになるのです。

果たしてエリマキはどんな顔をしているのか、そしてそれが壮一郎にとって何を意味するのか。

ここはぜひご自身でお確かめください!

三冠を達成したデビュー作

『をんごく』は、作家・北沢 陶さんのデビュー作です。

正直これがデビュー作だとは思えないくらい、とても素敵な作品です。

物語の面白味や深みはもちろん、文章もひとつひとつが美しく、まるで行間から情景が見えてきそうなくらい印象的です。

さぞ力のある作家さんかと思いきや、これが第一作目とのことでビックリ。

世間での評価も高く、なんと『をんごく』は、第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の大賞と読者賞、カクヨム賞の三冠を獲得しました。

選考委員が大絶賛したそうで、そこからも完成度の高さがうかがわれますね。

ホラー小説としては、先に述べた通り怖さが控えめなので、苦手な方でも読みやすいですよ。

関西弁が多用されており、最初は取っ付きにくさを感じるかもしれませんが、すぐに慣れると思います。

読み進めていくうちに、むしろ関西弁独特の温かみが心に馴染み、それが物語をさらに情感豊かに読ませてくれるようになります。

とにかくドラマ性が強く、ミステリーとしても読み応えがあるので、ジャンルの好みを問わず多くの方に読んでいただきたい作品です。

ぜひ心ゆくまで味わってみてくださいな(๑╹ω╹๑ )

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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