寺嶌曜『キツネ狩り』- 三年前を映す右目で未解決事件に挑む、特殊設定ミステリー

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警察官の尾崎冴子は、バイクの事故で婚約者と右目の視力を失った。

現場検証から自損事故ということになったが、冴子にはどうしてもそうとは思えなかった。

あの日、バイクの目の前を黒い影が横切り、そのせいで事故が起こった気がするのだ。

あの影は一体何だったのか、調べてもなかなか真相にはたどり着けなかった。

ところが三年後、久しぶりに事故現場を訪れた冴子は、右目がありえない光景を映していることに気が付いた。

それは紛れもなく、あの日の光景だった。

婚約者と自分を乗せたバイクと、その直前を横切る黒い影、そしてその影を操って事故を起こさせようとする姿……。

やはりあの事故は、何者かに仕組まれていたのだ。

しかし見えるだけで手出しはできず、事故を止めることも、犯人の正体を暴くこともできない。

この日以来、他の場所でも三年前の光景を見ることができるようになった冴子。

奇跡的に得たこの特殊能力を生かして、バイク事故はもちろん、過去の未解決事件も調査することになった。

一緒にチームを組むことになった警部補の弓削と東大卒のキャリア深澤、そして右目が映す光景を頼りに、冴子は果たして事件の真相を掴むことができるのか。

目次

見える辛さ、手出しできない辛さ

『キツネ狩り』は、過去を映す右目を持つ女性警察官・冴子が、未解決事件に挑むという特殊設定ミステリーです。

見どころは、なんといっても冴子が見る過去の光景。

冴子の右目は、自分が実際に見たことがない光景でも、現場に行けば三年前の様子を映します。

だから未解決の殺人事件の現場に行けば、犯人がどんな人物で、どうやって殺害したのか、犯行後にどこに向かったのかが全部わかるのです。

これって事件を捜査する警察にとっては、かなり便利な能力ですよね。

でも決して手放しで喜べるようなものでもなく、犯行現場を見る冴子の精神的なストレスは、とてつもなく大きいです。

だって、たとえば作中の「一家四人惨殺事件」ですが、冴子の右目には、犯人が親子を無慈悲に切り刻んでいく様子がありありと見えるのですよ。

飛び散る血しぶき、苦痛や絶望の表情が、当時の様子そのままにリアルに見えてしまうので、相当キツいはず。

しかも助けることはできず、見ているしかないわけですから、その点もすごく辛いですよね。

あと意外と難しいのが、現場の地理的条件が三年前と変化していた場合。

具体的には、作中では事件が起こったマンションが既に解体されており、冴子は当時の状況を間近で見るために、クレーンで同じ高さまで行くはめになりました。

宙吊りの状態で見るわけですから、想像するだに怖いですよね……!

このように冴子の右目は、決して気軽に使える便利ツールではありません。

それでも冴子は、未解決事件を解決したい一心で右目を駆使します。

その強い意志が『キツネ狩り』の大きな見どころであり、苦難に負けず立ち向かおうとする冴子を、読み手はどんどん応援したくなっていきます。

犯人を見るだけでは終わらない

『キツネ狩り』のもうひとつの見どころが、過去を見るだけでは、決して事件が解決しないところです。

冴子には犯人像も手口もわかるのですが、それを第三者に伝えても到底信じてもらえないので、すぐに逮捕というわけにはいかないのです。

要は、逮捕するには犯人が何をやったかを証明する必要があるのですよね。

証拠を捜しながら犯人を炙り出していくのではなく、犯人がわかっている上で証拠を見つけていくという、通常とは逆方向の捜査をしなければならないので、そこが斬新で面白いです。

また、犯人側の行動も見どころです。

犯人にしてみれば、現場に絶対に自分の痕跡を残さなかったはずなのに、なぜか警察にバレて追われるわけですから、もうギョッとして焦りまくりますよね。

でもそこはさすがの猟奇殺人犯、バレても屈することなく、逆に自分を炙り出した警察官に会おうとして、警察内部に潜り込むのですよ。

この一筋縄ではいかない攻防や駆け引きが、読み手を一層ワクワクさせてくれます。

果たして冴子が犯人を追い詰めるのか、犯人が冴子を追い詰めるのか、手に汗握るスリリングな展開を楽しめますよ。

そしてラストでは犯人の真実が一気に明かされるのですが、これも「ええ~!そう来るか!」という衝撃たっぷりの内容。

最後の最後まで、ひたすらドキドキさせられます。

映像的なカッコ良さのある作品

作者の寺嶌曜さんは、本作『キツネ狩り』で第9回新潮ミステリー大賞を受賞し、デビューしました。

発想も構成も表現力も群を抜いており、作品としての完成度も高いことから、「今までデビューしていなかったのが不思議なくらい」とまで評価されています。

世間からの評価も高く、『キツネ狩り』は発売一ヶ月で重版が決定したほどです。

また、ドラマ化や映画化してほしいという声が多いところも、『キツネ狩り』の特徴。

確かに本書には、「映像化したら面白いだろうな」と思えるシーンがたくさんあります。

その最たるものが、冴子が眼帯を外すシーン。

冴子の右目は基本的には失明状態なので、冴子は普段は眼帯で保護しているのですが、過去を見る時にはスッと外します。

外した瞬間に特殊能力が発動するので、このシーンには真打登場というか、切り札を出す的なカッコ良さがあるのですよ。

そして冴子が右目で見ている光景も、ぜひ映像化してほしいです。

冴子自身が、過去の光景を映像として見ているわけですから、読者としてもその感覚を共有したくなります。(もっとも殺害のシーンはグロ度が高いので、映像化には調整が必要そうですが…)

実は、作者の寺嶌曜さんの本職はグラフィックデザイナーです。

絵的なインパクトを作り出すプロなので、文章でも表現がとても映像的で、読んでいると自然にイメージが湧いてきます。

このあたりも、読者の多くが映像化を求めている理由のひとつだと思います。

このように『キツネ狩り』は、小説でありながらドラマや映画のように楽しめる作品です。

特に警察小説が好きな方、特殊設定ミステリーが好きな方はきっとハマると思います!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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