大山誠一郎『仮面幻双曲』- 双子トリックと整形トリックが交錯する正統派の探偵小説

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昭和22年、東京で探偵事務所を営む川宮兄妹は、依頼を受けて滋賀県の双竜町にやってきた。

地域で名の知れた製糸会社の社長・占部文彦を、双子の弟・武彦から守ってほしいという依頼だ。

どうも武彦は文彦に恨みを抱いており、命を狙っているらしいのだ。

また、二人の顔は本来はそっくりだったが、武彦は整形手術を受けており、現在どのような顔をしているかは不明とのこと。

元の顔に近いかもしれないし、全く別人の顔になっているかもしれない。

顔が分からない以上ターゲットを絞った警戒は難しく、川宮兄妹はひとまず文彦の屋敷で、寝ずの番をすることにした。

ところが翌朝、文彦は無残な死体となって発見された。

見張っていたにもかかわらず、武彦はどうやって文彦に近付き、殺害したのか。

そもそも犯人は、本当に武彦なのだろうか―?

目次

顔はそっくり?それとも……

『仮面幻双曲』は、私立探偵をしている兄妹・川宮圭介と奈緒子を主人公とした推理小説です。

終戦間もない時代が舞台なので、スマホやパソコンといった便利道具はもちろんなく、犯行も推理も現在のテクノロジーに頼らない知恵勝負。

古き良き正統派の謎解きミステリーが楽しめる作品です。

物語としては、大会社の社長を殺害した双子の弟を追うというシンプルなもの。

とはいえ、サクッと読めるかと思いきや決してそうではなく、トリックやミスリードがあって複雑です。

その中でも特に読み手を惑わせるのは、双子の弟・武彦が整形手術を受けているという点。

双子というと、ミステリーでは「入れ替わってなりすます」のが定番ですが、『仮面幻双曲』では容疑者である弟が、あえて整形をして別の顔になっています。

つまり、なりすまし作戦は使えないわけですよね。

でももしかしたらそれこそがトリックで、整形とは真っ赤な嘘で、周囲に「別の顔になっているなら、文彦になりすますのは不可能だ」と思わせようとした可能性もあります。

その場合武彦は、比較的安全になりすまして屋敷に出入りできますよね。

逆に整形が実際に行われていたとしたら、武彦は屋敷で怪しまれないようにするために、使用人や親戚の顔になっている可能性が出てきます。

その場合、読者には屋敷にいる人物全てが疑わしく見えてきます。

このように『仮面幻双曲』では、定番の双子ネタに「整形」というエッセンスを加えることで、推理の枠を大きく広げています。

使い古された感のある双子ネタが斬新かつ複雑になっており、「なるほど、こう来たか!」と目新しい展開で読者をワクワクさせてくれるのです。

惑わされるな!罠は冒頭からある

『仮面幻双曲』の双子トリックと整形トリックは、斬新なところだけでなく、作者の罠のかけ方が周到なところも魅力です。

一度読了してから読み返すとわかるのですが、あちこちに読者を惑わせるための仕掛けがあるのです。

最初は気付かないまま読み進んで、後になって気付いた時のショックと感動と言ったら!

「うわー、そうだったのか!あの時のアレは、そういう意味だったのかー!」と、まんまと騙されていたことを知り、ビックリ仰天するとともに、真相を知る楽しみを強く味わうことができますよ。

ここだけの話、作者は実は冒頭から罠を仕込んでいます。

早めに仕掛けに気付きたい方は、1ページ目から臨戦態勢で行くべし、です!

もちろん『仮面幻双曲』は、双子や整形だけのミステリーではなく、他の部分でも読者の頭をさんざん悩ませてくれますよ。

たとえば武彦の恋人・小夜子の存在。

彼女は事件の1年前に、誹謗中傷に心を痛め、青酸カリで自殺しています。

武彦はそれを文彦のせいだと思い込み、そのせいで恨みを抱いているのですが、果たしてそれが真実なのか。

また中盤で第二の殺人が起こり、崖下で死体が見つかるのですが、これがまた厄介で、調べれば調べるほど謎や矛盾が出てくる始末。

警察は死体の解剖はしてくれますが、重大な情報を見つけるには至らず、あまり頼りにならないのですよね。

でもだからこそ主人公の川宮兄妹の凄さが際立つし、読者も推理のしがいがあるわけです。

とにかくあちこちに仕掛けや謎があって惑わされること必至ですし、その分推理をめいいっぱい楽しめるので、ぜひ丁寧に読み込んでみてくださいね。

17年の時を経てついに完成

『仮面幻双曲』は、もとは『書き下ろしミステリー第2弾! 双竜町事件-仮面幻双曲』として2006年にされた作品です。

「書き下ろし」ということで、作者の大山誠一郎さんは出来に納得できない部分があったようで、「もし文庫化されるなら、その時には大幅に改稿する」と宣言されていました。

そしてその17年後の2023年、宣言通り大山さんが大幅な加筆修正を行って世に出したのが、文庫版『仮面幻双曲』なのです。

つまりこの作品は、17年の時を経てついに完成したというわけですね。

それだけ長い間、改稿を諦めることなく機会を待ち続けたのですから、大山さんが『仮面幻双曲』をいかに愛し、情熱を注いでいたかがわかりますね。

それだけでも、読む価値があると言えます。

またこの作品は長編なので、短編が多い大山作品の中ではレア度が高いです。

そういう意味でも、『仮面幻双曲』は注目すべき一冊だと思います。

個人的には、終戦2年後というレトロ感のある舞台にも心惹かれました。

どこか猥雑な感じのする街、昔気質な人々、ローテクノロジー時代ならではの泥臭い工夫を凝らしたトリックに、現代社会とは違う不便さゆえの魅力を感じました。

こういった時代背景を愛する方にも、『仮面幻双曲』はおすすめの作品です。

ぜひノスタルジーな雰囲気を味わいつつ、骨太な推理に挑戦してみてください!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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